帯状疱疹(たいじょうほうしん)というものに罹り1週間ばかり入院していました。
この病気免疫力が下がるとかかる病気らしく
それ言われると思い当たる節もいろいろあって
少し頭が痛い状況なのですが・・・。
というのもつい最近抗HIV剤の服用を暫く休んでおりました。
まず、なぜに休んでいたかといえば
疲労が重なっていたか体力的にあまり良くなかったのでしょうね。
もともと飲むと気持ち悪い症状は定期的なのですが
ホントに気持ち悪く吐いてしまうという事もありまして
毎日飲める体調に戻るまで一旦休止しようかと。
この休止に関する対処だが良いか悪いかといえば
最近の治療の流れから言えば悪いの方向らしいですね。
但し飲んだり飲まなかったりと言う事を短いサイクルに繰り返すと
この抗HIV剤は耐性を持ち効き目がなくなってしまう。
故に飲む飲まないのオンオフはキッチリと付ける事により
耐性を付き難くするという判断なのです。
服用を一旦止めた事により得られる効果は当然日常の体調は良くなり
嫌な副作用と付き合う生活から一時回避されるというもの
但し、この期間があまりにも長すぎると当然ウイルスは増殖し始め
免疫抵抗は下がっていくというものです。
これまで自身の経験上免疫抵抗が下がって発症した病として
胸膜炎や腸炎などを患ってきたのでもちろん全く危惧していないものではなかった。
ただそれらを踏まえてその前触れというかなんというか
アトピーの増殖とか口内炎などの信号みたいなものも同時に起きるものであり
これ等の症状が見える前には復活しようと思っていたりしました。
ま、実際は考えが甘く考えていない方向から攻めてくるものなんですね。
そうはいってもなっちまったものはしょうがないので
今後の参考も含めて発疹から症状などこれまでの経緯を。
◆6月19日(金)
夜に右上の奥歯に舌が触れて虫歯のような激痛が走る。
それ付近に口臭が酷いと指摘された事もあり虫歯か歯槽膿漏の可能性を考える。
◆6月20日(土)・6月21日(日)
徐々に痛みの頻度が増し虫歯であれば放置しておいても直るものではないので
直ぐにでも歯医者に行きたかったが土日という事で我慢。
この時点で口の上に小さな水疱も確認したが関連性は全く考えていなかった。
◆6月22日(月)
週明けは仕事が忙しいこともありその日は普通に仕事をし次の日に休めるようにお願いをした。
右ほほあたりにこわばった痛みが出てき始めた。
この時点での自覚症状は虫歯以外のなにものでもないと判断していた。
歯の痛みが元でその周辺になんらかの支障が来たすという事は当然とも思えるからである。
ちなみにあまりに痛いので口をあけてツレに見てもらったら
そこに何かあると言われてもいたという事もある。
(後になって解った事だが俺が上の歯をさして聞いたのに下の歯のことを言っていたみたい。
ちなみに下の歯は治療済みの虫歯があったのだが。)
◆6月23日(火)
街の歯医者へとも考えたがいざ虫歯という事となると
出血を伴う可能性もあるので自身の血友病の事を考え一度いつも通っている
血液免疫内科の医師に最初に相談を受けた。
ざっと口の中を見てもらった段階での一言が
「虫歯はないよ」との回答で
加えて歯槽膿漏の線も薄いと
「タバコのヤニには汚れているけど至って綺麗な口の中だと思われるが」と。
で、口の上の小さな水疱に気がつき
出した結論がヘルペスウイルスが怪しいと。
この時点では口元以外の顔の表面から口の中に至るまで
見た目でわかる範囲の症状は全くといっていいほどなかった。
そこで歯科行きを取りやめ皮膚科受診へと切り替える事に。
皮膚科で正式に帯状疱疹(たいじょうほうしん)と診断される。
実はこの時点で1週間の入院による点滴治療を促されたが
正直、朝病院へ行くって言っただけで会社からはかなりうだうだ言われてたので
この場では薬を服用しなから様子を見るほうを選択して帰った
つーか、会社へ行った。
状況が酷くなったのはこの時から。
◆6月24日(水)
頬や口元が腫れ始めたのと目の下の部分にも水疱が出来始めた。
目立たないようにマスクをしていったのと目にはメガネをかけているので
マスクを取った時の顔を見た人しか気付かなかっただろうが
見た目にもこれは大変だという状態だったが
取り合えず仕事はしてきて帰ったのだが
朝より確実に腫れが酷くなっているのと微熱が出てきたので
これ以上酷くなると隠し切れないだろうしもう限界だろうと。
mixyの日記で「ヤバイ、ちと入院かも。」を書いたのはこの時。
ただ顔の腫れと反比例して歯痛は緩和されているようにも思え
直るための過程として必要なものなのか悪化しているのか
薬は効いているのか薬ではダメだったのが困惑したところも。
◆6月25日(木)
皮膚科へ再診。
皮膚科医は「だから即入院って言ったでしょ。」と少し勝ち誇った感じ。
てなわけで入院生活がスタート。
イメージ的に折角入院したのだから家庭ではできないキッツーイ治療を一発てのを
大いに期待していたのであるが
意に反し入院という事を決めただけで昼過ぎまで放置状態。
結局ウイルス治療方法というものは至って地味なもので
1回1時間の点滴を6時、13時、21時の計3回投与するだけというもの
それ以上の治療は腎臓を傷めるので出来ないつー事なんですね。
気分的に短期間にバーンとやっちゃってよという感じなのだが
なかなかそうは行かないみたい。
とっとと直ったらとっとと退院してやろうと思ったのだが
この治療自体が1週間1セットということなので
はなっから1週間ということらしい。
◆6月26日(金)
正直この日が顔の腫れ的には一番マックスだったのではないかと思う。
顔の腫れは目の回りも完全に覆い知らない事の顔になっている。
口の中も解りやすいくらいにポツポツと腫れ上がっていた。
看護婦たちも凄く痛々しそうな表情で見つめる。
中にはこんなになるまで放置してという話もあったが
いやいや、こんなになったのはむしろ病院に顔出してからだっての。
ただ、見た目は派手で水疱も酷くなっているので触ると当然痛いは痛いのだが
いても経ってもいれないほど痛いというわけでもない。
この病気が読んで字の如く最も理解したのがこの時
【帯状疱疹】神経に沿って帯状に疱疹症状が起きるというもの
逆に言えば疱疹が出るところは神経に沿った場所に限りそれを超えたところには疱疹しない。
もっとも右から左へと感染すれば広がる事も考えられるが
通常はないという事なのである。
ちなみに俺の場合は右の三叉神経の上顎神経と加えて眼神経まで及んでいた。
眼神経まで続いているとなると当然危惧するところは目玉だね。
黒目部分にまでウイルスが到達していると失明の恐れもあるので
当然眼科のほうも検診。
一応被害は白目部分に留まっていたようなのでこのまま治療を続けていれば
大事には至らないだろうという状況。
顔の右側の神経がやられていたので顔面真っ二つの状態で
腫れ上がった顔と正常な状態と綺麗に線を引いた状態で疱疹が出ている感じ。
神経に沿ってと考えると当然の結果なのだがあまりにも解り易い分布で
それはそれでちょっと感心したという感じ。
ちなみに左側と下顎は健在だったので食事は左側に寄せるという形で
通常のものを食べる事が出来た。
下顎から下は健康状態なので普通に腹は減るわけで
病院の食事は物足りないといった感じであるか。
◆6月27日(土)
おそらく顔の腫れに関しては峠を越したのではないだろうか
腫れに関しては回復の一途を辿りはじめる。
この時点で俺も腫れさえ収まれば後は簡単に直るんだろうと考えていたが
むしろ大変なのはこれからだったのかもしれない。
◆6月28日(日)
顔の腫れが治まってきたと同時に起こり始めたのは痛みと痒みである。
「良かったね顔の腫れが引いて」という言葉に反比例してか
これまで然程の痛みを感じていなかった部分が傷み始める。
まず簡単なところではおそらく抗生物質によるものだと思うが
上顎神経と関係のない頬の部分がうっすらと膨れ上がってきている。
まーこれに関しては抗生物質による点滴治療を受けた際に付いてくる
副作用であり正直言って大した事はない。
問題に思ったのは歯痛が確実に再燃しているという事。
腫れ上がった時は他の部分で緩和されていたのか否かは不明だが
これではスタート地点に逆戻りした印象を受けた。
加えて上顎神経に沿った部分が完全に痺れた上体で
ひりひりと痛い。
よく足が痺れた時に起こるチクチクとした痛みそんな感じだと思ってください。
それと痺れている部分と正常な部分の境目。
この部分が無性に痒い。
腫れ上がっている時は神経がある意味鈍感だったのだろうが
収まるにつれ過敏になっている印象は受けた。
◆6月29日(月)
外来が再開する週頭という事で麻酔科と眼科へ。
また歯の痛みも気になるので一応歯科へも。
麻酔科医との話でやはりこの病気は抑えてから個人差はあるが
1ヶ月から遅い人では3ヶ月ぐらい痛みが続くと言われた。
もちろん今現在痛いは痛いのだが麻酔の注射も当然痛いわけで
それを天秤に掛けた上で判断して麻酔はお断りしておいた。
ただ人によっては麻酔注射を打たなくて入られないほど痛い人もいるようですね。
眼科は経過観察
歯科は万が一の為の診察。
実際になんともなかったのだが歯肉炎との結合の可能性もあるので
ある程度の処置。
結果変わらずの印象はうけた。
この時点痛みより痒みの方が気になる
起きている時は大丈夫なのだがいざ眠りに入ると痒みが疼き始める。
軟膏を塗って塞がれた毛穴から寝汗によるのもおそらく手伝っているのだろう
眠れない。
加えて我慢の限界を超え顔中引っかきまくる。
「掻かないで」と当然言われるが
まず寝ている間の自分の行動を抑止できないという事と
そもそもが「掻かないで」といわれる前に痒いのを何とかしてくれという事なのである。
◆6月30日(火)
危惧していたぶり返しの痛みに関しても少しは緩和してる印象は受け
確実に回復方向へ向かっているんだなという認識。
もちろん回復方向へ行かないと困るわけだが
既に7月2日(木)に退院が決まっているだけにもう少し回復していてもとも。
痒みは更に続く
あまりに痒くて眉毛の辺りをずっと掻いていた。
その瞬間眼の辺りに激痛が走った。
発症からこの時点まででの一番の激痛だ。
どれぐらいの痛みかといえばキンタマ蹴られた時の痛みだと説明すれば
半数の人は理解できよう。
一体なにがどうなったか全く理解できなかった。
とっさに考えたのは誤って眼の中になにかとんでもないばい菌を入れてしまったのかと
正直眼が割れるくらい痛かった。
もんどりうって倒れた後洗面台へ行き眼のあたりを洗ってみたが
もしかしたら取り返しの付かない事をしたのかとも思った。
時間にしてどれくらいなのだろう2.3分出来事なのだろうか
5分なのか10分なのか
恐らく実際に体感したと思い込んでいる時間より短いのだろうが
これがずっと続く痛みであれば確実に我慢は出来ない。
ま、結果的にどこか触った箇所が神経を直接刺激した事により起きた症状らしい。
◆7月1日(水)
明日退院を予定しているのだが
昼1時の点滴を消化すると夜9時の点滴まで間が開いているので
外出許可を貰って家に帰った。
一日待てばいいだろうって話なのだが
ネット状況も多少気になっていたのと外食がしたいということで帰った。
で、ネット上で明日退院みたいな事を告知した段階で
実は昨日と同じ激痛を体験した。
院内では点滴を受ける事もあって仰向けに寝ていた事が多かったのだが
たまたまうつ伏せで横たわっていたのだが
この体制だと顔の血の流れが逆になるんですね。
正直明日本当に退院しても良いものかと考えた
◆7月2日(木)
朝6時の点滴を終えた段階で入院時に行う処置は全て終了。
その後歯科、眼科、麻酔科、皮膚科への診療を全て受けた段階で退院という事になる。
もちろん激痛の事も話はしたのだが
帯状疱疹という病気は"そんなものらしい"
見た目が凄い皮膚症状の時は物凄く心配されるんだけど
その後見た目が治まった神経痛の状態とのお付き合いが
地味な感じで続くという感じなのだろうか。
てな訳で一応退院をし本日7月3日(金)を猶予期間として1日貰い
土日をはさんだ7月6日より仕事へ復帰する予定です。
正直まだ多少痛いのではあるが暫くは直りそうにないということなので。
- 2009/07/03(金) 13:56:31|
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最近職場を変えこれまで土日祝を含めた昼夜の交代勤務を生業にしていたのだが
現在は平日の昼間のみの仕事を始めた。
何故に交代勤務に付いていたかと言えば俺の様な慢性疾患を患っている人間にとっては
平日の昼間に病院へ行かなければいけない。
病院は緊急の時以外は平日の昼間しか診療していないからである。
血友病に限らず慢性疾患の患者の人たちはどのように対処しているのだろうと考える事はある。
自営業で時間に融通をとれるようにするとか
会社員でも就業中に抜け出して対処できる策を練るとか
いろいろ工面していることだと思われる。
事情をきっちり話し会社に理解を求める。
理想的なことではあるがこれは意外と難しいのではないだろうか。
病気持ってるんだから無理せず体のことを考えて
休めばいいじゃんと言う話もあるのかもしれないが
俺が思うに人間の能力には個々におけるそれ程の差があるとは思っては居ない。
ほぼ横一線の能力の中どれだけ自分の付加価値を印象付けるかと思っているところはある。
つまりは仕事は休まずこなせますと言う事も付加価値の1つであると思う。
もちろん付加価値を付けるのはこれだけではないと言う事も解ってはいるのだが。
休む休まないの話になるのだけど
俺は小学生時代はよく学校を休んだ。
もっとも血液製剤は既に誕生している状態でこれさえ投与すれば大事には至らない訳であり
それ以前の血友病患者より恵まれていると言う事は確かである。
しかしまだその対処は模索段階で内出血の症状が出たら病院へ行き
血液製剤を投与しましょうという物でありました。
また、なるべく出血がないよう過度な運動は控えて極力身体を動かさない生活をしましょうと言うもので
当然と言うか体育の授業は見学しましょうと言う感じであった。
基礎体力を付ける子供の時期に運動を控えろという事はどういう結果をもたらすか想像してもらいたい。
加えて言えば血液製剤を投与し続けていれば他の人たちとの違いはほとんどないのです。
つまり走ろうと思えば走れる訳だし暴れようと思ったら暴れれる訳です。
しかしながら体育の授業は見学をしている。
これにおける周りの反応と言う事も想像してもらいたい。
走れるのに走ろうとしない人を見て同じ子供はどういう風に見るかと言う事を。
子供の反応は実に率直で尚且つ残酷な物ですからね。
もちろん内出血の症状が出れば学校は休むことになり
と同時に内出血後直ぐに血液製剤を投与すればその腫れは引きやすいのだが
ある程度放置してから行くと腫れが引くのに時間が掛かったり後遺症として残る場合もある。
事実俺の右腕の肘の関節はこの時点でもう真っ直ぐには伸ばせなくなってしまっているし
実際に数回の入院などもある。
この生活を一転させたのがなるべく出血前に血液製剤を投与するという治療方針の変更と
自己注射の認可と言う事がある。
小学校高学年から中学生の頃であろうか
まー時期にして丁度血液製剤にHIVウイルスが混入されていたという頃ですね。
事前投与により自分でコントロールすることにより余程の事故に遭わない限り入院と言う事はなくなった。
更に単に事前投与と言う事だけであれば病院へ通う日数の変化はないわけだが
自己注射の認可によって病院へ行くのは数回分の薬を取りに行くと言う事だけで事足りる状況となった。
また、これまで困難だと言われていた長期旅行に置いても可能となった事も確かである。
何はともあれこの治療方針の転換によって大きく可能性が開けたという事はあります。
それ以降は内出血における入院もなくなったし
高校時代は極力体育の授業にも参加した。
その結果と言えば運動能力的に言えばうちの兄は学生時代陸上の選手でありそれなりの成績を残したと言う事もあり
俺自身それなりに能力がないわけではないという事は実感したと言う事と
逆に瞬発力はともかくとして
これまで運動らしい運動をしたことがなかったので基本的に体力が無いということと
後は球技全般などに言えることなのだが運動神経の発達はまるっきしない。
平たく言えば"どんくさい"つーことである。
なんにせよ早いうちにいろいろ経験をつんでいろいろとやってみるという事は重要だと思う。
人間の能力には個々におけるそれ程の差があるとは思ってないと言う背景に
経験に勝る物がないと言う事も感じるからである。
全て与えられる生活を望んでいても得る物は少ないのではないかと言う事。
なんで今このような話をするかと言えば薬害問題で取り上げられる血液製剤について
そもそもが血液製剤自体が悪い訳ではなく
問題はHIVやC型肝炎のウイルスがその血液製剤の中に混入されていたことなのです。
血液製剤自体は出血を止める為に開発された物であり
これ事態は人を救うものであると言うことを理解してもらいたいのです。
薬害肝炎でのお姉さまが言う
「悪魔の液体が体の中を走り、その時何ともいえない冷たい感じを受けた。」
なんだとか
いやいや、血液製剤は品質保持の為要冷蔵であり冷たい物なのだ
特に当時の技術ではより冷蔵に気を配っていたものであり投与前には暖めたりするのだが
体温より低い状態でも不思議ではない。
もちろんこれは個人が感じたことなので発言は自由だが
冷たさと薬害の因果関係は全くないと言う事なのである。
それとまた例の参議院議員の支援者と思わしき人のコメントを見て
なんじゃこりゃと思った事がある。
言わんとしていることや今の政府や官僚に置いて不満があることも理解できるが
その引用の仕方があまりにも酷いので。
あまりにもと思ったのでこちらからコメントを書いて投稿したら
案の定というか書き込みは消されてアクセスも禁止されてしまった。
勝手に引用と言う事で躊躇する所もあるが
もともとネットに上げられ公表されたものであるということでもあるので
本人が直接俺に連絡が来るまでその文を公表したいと思います。
-----------------------------------------------------------
***川田龍平*****
彼は国会議員でもあり、、薬害エイズの被害者でもある
血友病で5歳まで生きられないという病気。
しかし、彼は今も生きている
なぜ、ウイルスの入った薬が使われたのか?
原因は、金儲け優先の社会と戦争にありました*********************
国が安全だと認可した薬でHIVに感染した
薬害を生み出したのは製薬会社と国と政治家の癒着の構造
退職した官僚は製薬会社に再就職したり、政治家になったりする。
製薬会社の使う薬を承認するのは厚生省、つまり国です。
国会議員である政治家達も製薬会社からお金を貰っています。
なぜ、アメリカで輸入された血液製剤が日本で使われたか?
金儲けのためです。
血液製剤は止血や輸血の為に使われますが
この開発はベトナム戦争中です。
戦争で負傷した人の手当てには血液が必要ですが
血製製剤は冷凍保存の必要がありません。
ベトナム戦争は1975年に終わりますが 血液製剤は大量に余り、
日本に輸入された。
しかも81年にすでにアメリカで奇病が発見されて
82年にはエイズだと命名されたのに
日本では82年に自己注射が認可され大量の輸入が始まった。
83年、アメリカでは感染を防ぐ為に加熱製剤が開発されたが
日本では85年まで認可されなかった。
つまり、ここでもアメリカの言いなりになる日本と
人の命を守る為の機能を果たしていない厚生省の構図が見えます。
天下りや利権がある事で たくさんの犠牲者が出る。
いつだったか、自民党の議員が
「官僚は優秀なので天下りがあって当たり前」
という発言をしていましたが、現実はこんなものです。 -----------------------------------------------------------
のっけから「血友病で5歳まで生きられないという病気。」なんて突っ込みどころ満載なのと
そもそもが全てが薬害でと取られそうな文章。
彼がHIVの感染事実を知ったのはそもそも10歳ではなかったでしたっけ
5歳まで生きられないってどういうこと?
更に「しかし、彼は今も生きている」
その答えは何故で?という回答もなされていない。
それはともかく血液製剤の歴史みたいな物ですが
この流れ自体はほぼその通りなのですが
まず血液製剤の開発が仮にベトナム戦争によるものだとしても
その用途は負傷者の治療の為の物ではないのですかね。
更に言えば結果的にこの開発によって多くの血友病患者も救われたと言う事実は変えれません。
これがなければ「5歳まで生きられないという病気」にも反論はしませんが
今のご時世でこの表現を使うのは一般的ではなく不適切といえるでしょう。
次に自己注射が認可が単に販売促進の方向性だけで先導している帰来がありますが
現状は俺が先に書いたように救われている側面が多いと言う事。
個人の思想がどうであれ政府の対応に対し非難できる事は
・81年にすでにアメリカで奇病が発見されて82年にはエイズだと命名されたのに
(更に血液製剤の中に混入の疑いがあるのにその説明を怠った)
・83年、アメリカでは感染を防ぐ為に加熱製剤が開発されたが日本では85年まで認可されなかった。
(更に感染の危機のある非加熱製剤の使用の中止を早急に行わなかった)
この2点だけですね。
これだけでも充分に政府を非難できるのに
つーかカッコ書きの部分は俺が今追加した事柄なんだけど
どうせなら、ここをもっと掘り下げましょうよと言う感じ。
結局、責任の所在の枠を拡大させようとして肝心なポイントがボケてしまってるんですね。
どうしたいかが先走りしてこじつけ感が全面に出てきてしまっている。
これを読んで萎えるだけならまだしも
あらぬ方向に進んでしまったらどう責任をとってくれるというのだ。
これはもちろん例の参議院議員の発言ではないのだが
彼の支援者と思われる人から同様な内容を聞いたのはこれが初めてではない。
一体彼が薬害を語るとして一体どんな講演をしているのか疑問は感じるし
是非とも彼の言うことの全てを鵜呑みにしないで欲しいと言う外はない。
薬害問題を語ろうとしている方。
国に過失があった事は事実だとしても
手を差し伸べてくれようとしている人がいることも事実でもある。
実際問題、物事を解決の方向へ導いてくれる人はこういった人達であり
文句ばっかり言っている人って結局は最後まで文句を言うだけで終わってしまうことが多いのではないか。
- 2008/10/12(日) 01:57:15|
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薬害肝炎を機に薬害に関して様々な意見が出てきてますね。
と言っても俺の場合批判的な意見の方に興味あるんだけど。
「結局はその薬によって助けてもらったんだろ
後になって問題があったからって文句言うなよ。」
なるほどおっしゃるとおり。
「副作用の危惧を考えて新薬の認可が居りにくくなるだろう。」
そう言う方向に進む可能性もありますかね。
ただですね
単に危険な薬を投与するって事だけじゃ薬害とは言わない訳よ。
もっとも副作用に関しての事前説明したかしてないかででも訴訟は起きるのだけれども。
少なくとも薬害HIVはそういった問題ではなかったと言うことなんですね。
後者の問題に関しては明らかに現実は逆。
薬害HIVは早々に新薬を取り入れなかったから拡大してしまったと言うことです。
血液製剤を使用し続けるとウイルスの感染の避けられないであろうという事は
HIVの発生から直ぐに解っていた事ではある。
事実がこれだけであれば
「助けてもらって文句言うなよ。」の範疇に入るのであるが
問題はこのウイルスを除去する方法が早々に開発されていたのにも拘らず
それを使用せず危険な方を国が使い続けていたと言う事です。
ここに過失があるわけで薬害とされているわけです。
さてさて薬害肝炎の方であるが
実を言うとこれに関しては勉強不足であまり知らないのですね。
なんせ血友病患者は対象外ですし
そもそもその事実を知らされたのもごく最近のことでもあるし。
C型肝炎は何時頃からそのウイルスが確認されたのかと言う事とか
如何様にして何時頃から排除が可能になったと言うことなのかとか。
この辺の問題が所謂肝炎訴訟での"線引き"に当たる分ですね。
この"線引き"が正当な判断だったのか不当な物なのか。
この問題の難しい事は薬害とされる血液製剤を使ったと言われる患者のほかにも
薬害ではない輸血による患者も沢山いると言うところにあるのではないかと思う。
更に言えば同じ血液製剤を用いても血友病患者は薬害ではあらずと言う事。
裁判の時点で薬害として認められた原告の方
裁判の時点では薬害と認められなかった原告の方
更には原告の条件には満たされないと言われた患者の方
それぞれのその立場によっての今回の訴訟問題の結果に関していろいろと思いは違ってくるだろう。
現在日本にはC型肝炎患者が200万とも言われているらしい。
感染原因がその他の人もいるのであろうが
大半の理由は多量出血に伴い輸血を要する事態に置かれたという人が多い。
明らかに感染原因が血液製剤の使用による薬害となっている人には申し訳ないが
C型肝炎問題に関しては単に薬害としての問題だけで取り上げるのではなく
広い意味での救済問題として検討しても良いのではないかとも思う。
もちろん薬害としての賠償請求や再発防止活動に関してはこのまま推し進められてもけっこうなのだが
訴訟が一段落した現在"可哀想"や"同情"を感じるのは
「線引きを許さない」と主張した原告団よりも
そもそもその線引きにも入れなかったC型肝炎患者の方に向いて欲しいと思う。
- 2008/09/24(水) 01:44:30|
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一応触れなきゃと思うので触れますが
まず基本的に薬害原告団がその運動に転じて政治家となる行為は好きか嫌いか
または望んでいるか望んでいないかと問われれば
個人的には嫌いであるし望んでもいない。
これが大前提。
しかし非難するかしないかとなると話は別なのだ。
この時点であるならば単なる個人的な好き嫌いの話であり
そういった人たちが政治に参加することが好きなら勝手に支持すればいいし
賛同が多ければ当選もするだろう、それが民主主義って言うもんだ。
俺が川田龍平を非難している事は別の部分にある。
単に薬害原告が政治家へなんてと言うのであれば
そもそもが家西さとる議員にもその矛先は向く訳だがそうではない。
薬害訴訟を武器にして議員を目指すならそれはそれでいい
ありのままを伝えて賛同を得るならそれはそれで構わないが
彼の場合は明らかにそれとは違う。
その部分が俺が川田龍平を非難している事柄なのです。
そこで福田衣里子さんの病状と発言等を考えてみましょう。
まずは彼女の主張は
自分の事に関しては闘病に費やした苦痛と青春時代を返してと言っている。
次に訴訟を機に出会った他の薬害にあった人たちの現状と比べ
自分は動ける立場であると言うことを認識しその人達の分まで闘おうと言う感じで
現在はどちらかと言えば後者の方に力点を置いているように感じるのですが。
如何でしょう?
認識が甘いですかね。
俺が見たり聞いたり読んだりする中では
彼女自身が今も尚病気で苦しんでいるという印象はあまり受けません。
彼女の闘病話は全て「インターフェロン治療」中の過去を振り返った話で
むしろ外野が今も闘病中だの肝炎を患って業務が遂行できるのかだの騒いでいるように感じられるのですが。
実際問題C型肝炎で健康上の支障を来たすのは
・肝硬変や肝癌へと発展してしまった時。
・「インターフェロン治療」を行っている最中
この2点と言う事になります。
2度目の「インターフェロン治療」を終えてウイルスが陰性を示したと公言している彼女に対して
なんの健康上の危惧を持たれるのでしょう。
肝硬変?肝癌?
そんなの患っているって一言でも発してますかね。
おそらくこの点も大丈夫なのでしょう。
もし、彼女が現在の状況で「余命を掛けて闘います。」なんて言おうものなら
それはもちろん非難させてもらうつもりでいますが
そういった類の発言も聞いてないので等身大の主張であると俺は思っています。
◆でもって酒を飲んでるのはどうなんだって話ね。
現在も闘病中と言うのではないので何の問題があるのでしょうか
医者の模範解答聞けば、そりゃー飲むなって言うだろうけど
その医者だってウイルスが陰性なら飲んでいいって言うよ。
◆次にそもそもが肝炎だったのかよ。とか、とっくの昔に完治してたんじゃないのって話。
現在の「インターフェロン治療」では
治療に掛かる期間は1年間と報道もされてますから
22歳で治療を開始した彼女が完治しててもおかしくないと考えるのはもっともなのですが
しかしこの治療法が確立されたのはここ数年の話なのです。
(ウイルスの撃退率は約6割)
つまり、彼女が治療を開始した当時は治療期間ももっと長く
ウイルスの撃退率も格段に低かったと言うこともあり逆に撃退できる方が稀という状況でした。
やってもあまり期待の出来ない治療(副作用の受け損)だと思われたから
医者も解ってはいたが俺がC型肝炎だなんて言わなかったという話でもある。
けっこう酷い話でしょ(笑)
いろいろな治療を繰り返した挙句、現在の「インターフェロン治療」でようやく効果を示したと
言う話は充分に合点の行く事だと思います。
◆ちなみに経過観察中ってなんぞやって話なんですが
「インターフェロン治療」は、あくまでウイルスを撃退する方法であり
慢性肝炎や肝硬変、肝癌を直接的に治す手段ではない。
つまり、ウイルスがなくなったとしても
慢性肝炎から通常の状態へと回復する事を確認した時点でようやく治ったと言える訳です。
更に言うと
薬害肝炎訴訟に加わる条件に「インターフェロン治療」を受けて既に完治している人もOKと
ちゃんと記してありますからとうの昔に治っていたとしてもこの部分では非難は出来ないのです。
そんなこんなで彼女の自身に付いての発言に置いてはそんなに奇異な発言は感じられないので
その延長線にあるみんなを救いたいと言う言葉もあながち嘘とは取れないのですが
如何な物でしょうか?
とまーいろいろと彼女を擁護する様な事柄を並べ立てては見たのですが
じゃー原告、被害者の経験をしたからといって他の人たちを救えるのかと言えば話は別。
批判をすることと再発防止や補償の確保の取り決めを行うこととなると話は別。
薬害患者のことだけを考えているのであればきっと支障を来たすことも訪れる筈。
彼女なりの人を救いたいと言う気持ちは理解できるが
人を救いたいと言う気持ちぐらい誰もが多かれ少なかれ思っているものだ。
それが出来るか出来ないかは個人の力量が絡んでくると思う。
気負うだけなら誰でも出来る。
有権者の方々はその辺を冷静に判断して投票して欲しいと思っています。
最後に非難はしないとは言ったものの一言だけ
「線引きは許さない。」と言い放った彼女達原告団の主張は
薬害か薬害で無いかと言う事で既に線引きはされているではないかとは思っています。
「薬害なのに証拠が無い。肝硬変、肝癌にまで至ってしまい、
時間との闘いなのに、国は何もしてくれない。悔しい。」
もちろん薬害は起こしちゃいけない国の過ちだ
じゃー薬害じゃなければどうなってもいいのか
この発言はちょっと解せませんね。
◆C型肝炎訴訟とは
・当時国が認可した血液製剤による感染が原因であるもので尚且つ血友病患者以外と言う事が前提。
・当然輸血による感染者やその他の感染者は対象外である。
- 2008/09/21(日) 04:07:04|
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どうしてもエロサイトからの書き込みが増えるよな。
コメントが書き込まれるとその都度メールでの通知があるので
現在はその都度消しているんだけど今後は参考に残しておこうかなとも。
もしかしたらこれらも龍平支援者からの暖かなコメントなのかもしれないから。
龍平の内紛問題に関しては取り合えず触れては見たが
今後彼が余程の問題を起こさない限り現段階ではこれ以上の発展はないでしょうね。
もっとも言い換えれば余程の問題を起こさない限りなにをやっても守ってもらえるステキな環境にあるともいえるが。
いや、残念なのは彼の後ろで支えている人、また支えていた人の大半は
彼の人間的素行の問題点や未成熟な部分を認めているにも拘らず
それを公にする事を拒む傾向にあると言うこと。
この問題がおきて変わったことと言えば龍平支援者が静かになったと言うこと。
賛同できなくなり支援をする人間が減ったと解釈してみよう。
でも不自然すぎるんだよね。
あらぬ騒動であるならば静止に勤めるが如くもっと彼の現在の活動を打ち上げ払拭させるか
はたまた、失望されたというのであればそれに伴う不満をぶちまけたりする物ではないかと。
それまで彼の行動を逐一に報告して広めようとしていた人たちが
完全スルーは逆に気持ちが悪いじゃねぇかよって話ね。
となると龍平支援者は彼のもともとの資質を知り得てて
そこで焦らず騒がず完全黙秘と考察するのですが
それこそ「知ってますよ。」の世界。
後援会が確信犯であると言うならそれはそれでしょうがない。
君たちの正義はそこにあるのだから。
いずれにせよこのような状態であればしばらくは打ち止めかな。
またなんかあれば書く事になるだろうけど
なんにもなければ書かないけどまた書く日は訪れるでしょう、きっと。
さて、今回の問題で俺が興味を引いた部分は
六ヶ所村の視察の際に直前で嫁が行かないように指示したと言われる疑惑。
これは実に興味深いですね。
良い悪いという観点ではなく
事実であればそういう事を気にするタイプの女性なんだというと思いました。
一部世間で龍平を罵倒する言葉として
「あんなエイズの奴と結婚するなんて有得なーい」なんて発言を見ます。
まー、「有得なーい」の背景は自分も感染する危険性が高いからと言う事なのだろうが
ぶっちゃけこれは言うほど気にするものではないのではと言う事は最近思う。
もちろんゼロではないけれどもね。
まずHIV自体が感染しにくいウイルスであることがあります。
我々血友病患者はHIV入りの非加熱製剤を浴びるほど使用した状態で感染している訳です。
つまり浴びるほど使用する前に政府が手を打っていればここまでの
血友病の感染者は生まれなかったつーことですね。
ちなみに例のC型肝炎訴訟の"お姉さま"たち。
彼女達も同じ血液製剤を使用してHIVに感染した例ってあまり聞かないですね。
もっともいるのかもしれないがC型肝炎に比べると
格段に確立が低いという事は言えますね。
昔都市伝説で行きずりの女の人とSEXをした後に
気が付くと窓ガラスに「エイズの世界へようこそ」と言う文字が・・・
なんてのがありましたが
一度きりのSEXで確実にヒットするもんじゃないだろって思った訳。
まー所詮都市伝説だからね。
もちろんあくまで確立の問題で一度のSEXでの感染も否定できないので
感染しにくいと言う言葉を鵜呑みにして感染しましたと言われても
責任は持てないのでそこんとこ宜しく。
こういうこと書くと「ストップエイズ」に逆らうようで
フリーセックスを増徴するようにも思われるので
更に注釈を加えますと
我々血友病患者は自分がHIV保有者と既に認識しており
それを踏まえて抗HIV剤を使用してウイルス量を検知外まで抑えているという現実もあるのです。
つまり自覚症状もなければ処置もせずにウイルスを増殖させている人とは
感染させる確立も大幅に違うんだよってな話。
ま、検査は重要と受け取ってください。
さてさて、この辺の現状を龍平くんは支援者の方々に説明しているのでしょうか
おそらく嫁を口説いた時には精一杯しているんじゃないかとも思ったりしているのですが。
それはさて置き「有得なーい」の話ね。
これもそれほど重要視してない。
好きになった相手が仮にエイズでも
そりゃ驚きはするだろうけど好きの度合いによって「それでも構わない」になる事もあるんじゃないかなって
現実はエイズがどうのって話の以前にどんな好条件の相手でも「それでも嫌」って話もあるし。
結局ポイントをどこに置くかって人それぞれ違うって話だけのこととも思うが。
もっとも陽性反応の立場とすれば相手の気持ちはどうであれ
感染させてしまうかもしれないと言う事で躊躇してしまうと言う事だけは付きまといますけどね。
- 2008/09/07(日) 02:49:55|
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